あるおともだちの夏の思い出を綴ります。
少年の夏・・・
お盆明けのある日の夕刻だった。
花壇の草むしりをほんの少しばかりしてはみたが、まだまだ暑くてはかどらない。時間帯や気温を計算しない作業ほど能率が上がらないものはない。
駐車場の向こう側から男の子とママがこちらに向かって歩いてくる。男の子は 何か言いたげだ・・・。
「やぁ〇〇〇君、おうちに帰る時間だね。どうも お疲れ様です。毎日暑いですねぇ。大丈夫ですか?」
「ええ、何とか。今年の夏は、本当に暑いですねぇ。」
「熱中症には 十分気を付けましょうね、お互いに!」
「そうですね、ぜったいに無理は出来ませんね。ほら、〇〇〇。 話したいことがあるんでしょ。」
そうなのだ。
何か話したいことがあるのだろうと想像してはいたが、
だが、しかし、話したいことって何だろう? 虫の話かな? 魚の話? メダカのこと?
いや、待てよ。 もしかして、旅行に行ってきたことかも知れないぞ。
ママが促すと、
彼は先ず挨拶代わりにサルスベリの散った花を拾って私に手渡した。
こういうやり取りが私は大好き。
「どこかお出かけしたの?」
「うん。」
「静岡の大井川鉄道に出かけたんです。」
「ホントですか!? いやぁ~それはいい体験が出来たでしょう。」
(行ったことはないが、そこは本当にいいところだと聞いている。)
「きかんしゃトーマスも見たよ。」
「大きなダムにも行きました。」
「大きなつり橋もね。」
「そうか、そうか。本当にいい思い出が出来たねぇ~。」
〇〇〇君とママの実感のこもった話しを聞いていると、まるで自分が今そこにいるような気分にさせられた。
「うん。でも、つり橋は全部渡らなかった。」
「というと?」
「ママが怖いって言うから・・・」
「実は、私が怖くなって途中で引き返したんです。」
「そうでしたか。でも、これはママにとってもきっといい思い出になりましたね。」
自信ありげにそう言い切った私だが、私の推察はこうだ。
後に控えているパパと〇〇〇君は、橋の向こうまで行こうと思えば 簡単に行けただろう。
けれど、渡れないママを置いて行かないことを決断した。
たとえ短時間でも一人にしない。それは、優しさであり愛なんだろうなぁ。
つり橋を渡らなかった理由はそこにあったのだ。
私はそう考えた。
10年後、君が大きくなった時、再びそのつり橋を訪れママの手を引いて全部渡れる日がきっと来る。 対岸では、パパが既につり橋を渡り切って 二人の動画撮影をしていることでしょう!
それから、
先日の会話の中で君がつぶやいていた言葉を、私は聞き逃してはいなかったぞ。
「パパは、何でもできるんだよ。」
全幅の信頼を寄せているパパこそが、君の理想像であり良いお手本だ。
陽が沈みかけてきた。
「とてもいいお話しが聞けて嬉しいです。ありがとうございました。」
後日、3枚のプリントをもらった。
「これがつり橋で、こっちは大井川鉄道。はい、あげる。」
「えっ、いいの? これかぁ~、ありがとう! ママによろしく伝えてね。」
「うん。」
その数日後、ブログ記事として取り上げたい旨依頼し、承諾を得る。
~大好きな鉄道~
静岡県大井川鐵道沿線の旅
ぼくがこの夏体験したのは、大井川鉄道の南アルプスあぷとライン(井川線)の旅。
井川線に乗るために千頭駅まで車で向かったのだけれど、途中の大井川本線の塩郷駅に寄り道して、つり橋にチャレンジしたよ。
駅から100メートルほど上流に橋はあって、塩郷の吊橋(愛称:恋金橋)は、大井川にかかるつり橋の中で最長なんだって。スリル満点で人気スポットらしいよ。
つり橋は、
ママに「怖いから帰ろう!」って言われて 途中で引き返しちゃった。
でもね、いつか必ずリベンジしようと思ってる。
それにしても、青い空と白い雲、山の緑がきれいだったなぁ。
井川線は日本で唯一のアプト式鉄道で、もともとは水力発電所建設のための資材運搬用トロッコとして作られたもの。
アプトいちしろから長島ダムまでの1000分の90という日本一の急勾配を走るんだ。
これは、1000メートル走るのに90メートルの高低差があるということ。先頭車両と最後の車両の高低差だって驚くほどすごいんだ。
トンネルや鉄橋も数多くある。
小さめの車両が狭いトンネル内を天井すれすれに走る時は、さすがにドキドキしたよ。
長島ダムで下車。
巨大なダムに圧倒されながら散策して飲んだりんごジュースが超おいしかった。
ここは、ダムの内部だって見学できる。
実は、このあと予定の列車に乗り遅れたんだ。
でも、景色がきれいで楽しくて、次の列車を待ってる40分はあっという間だった。
それから、秘境駅で有名な奥大井湖上駅にも行ったよ。
エメラルドグリーンの湖がとてもきれいなんだ。
ハンモックにゆられながら、おいしいチーズケーキを食べたよ。
帰りの井川線では、アプトの連結と切り離しの両方を見たよ。
すごくカッコよかった。
◇
ぼくたちは、次の日 神奈川の箱根まで足を延ばし、温泉を楽しんだ。黒たまごは売り切れだったけど、代わりに黒アイスを食べたよ。
2泊3日の旅は 最高だった。
ぼくの大切な思い出だよ。
パパ、ママ、ありがとう。
編集後記:
この度は、
「夏休み企画」と題し、ある親子旅の記録をブログで紀行文化し、ご紹介させていただきました。
ご両親のご理解と、正確を期すための文章校正ご協力に対しまして、深く感謝致します。
4枚の写真のうち、井川線の赤が印象的な車両は、〇〇〇君本人がフィルムカメラで撮影したものです。
実に素晴らしい写真です。